20年ほど前から、ずっと通い続けている美容室。
個人的な事を尋ねられたり、
近所の噂話が聞こえてきたり、ということが、一度もありません。
あまりおしゃべりせずに、静かに考え事をしたり、
ぼんやり休みたいのが理由で、(それだけでも)足が向くようなお店です。
もう随分前のことになりますが、
とても悲しいことが自分の身に起こって、
普通の日常生活は続けているものの、
つらくてつらくて、立っていられないくらい落ち込んでいた時期がありました。
フラフラと、いつもの美容院へ入って、席に腰かけると、
美容師さんが私の髪をとかし始めた途端に、こう言いました。
「大丈夫ですよ。だいじょうぶ」
50年も女性の髪や肌を扱っているプロの目には、
身体のコンディションはもとより、客の精神状態まで、
透かして見えたのでしょう。
それは、優しい優しい、忘れられない言葉でした。
私がその後、心の内や現況を、その美容師さんにお話することは
ありませんし、あちらから尋ねられることもありませんが、
その一言を頂戴してから、私はますますこのお店が好きになりました。
その美容師さんは、休日には、野山を歩き、花やその写真を持ち帰っては、
ひっそりと店の隅に飾るような人です。
予想外に待ち時間が長くなる時には、
すーっと奥へ消えたか、と思うと、
餅を焼いて、砂糖醤油にからめ、海苔を巻いて、
上等のお茶と一緒に出してくれたりします。
冬場には、彼女が金柑を時間をかけて甘く煮たものが、
お茶うけに出るのを、毎年楽しみに待つファンもいるようです。
美容の技術だけにお金を出しているわけではないのだなあ、と思う、
今日この頃です。