女帝エカテリーナがロシアを治めていた時代に、
大黒屋光太夫(だいこくや・こうだゆう)という人が、
江戸へ納める荷を積んだ船の長(おさ)として船出、
嵐に遭遇の後、北へ流され、
そのままロシアの領土へたどり着きます。
大国ロシアだけではなく、当時のヨーロッパでは、
すでに日本がどのような国であり、
どのような人たちが、どのような文化を持っているのかについて、
いくらか情報を得ていたようですが、
日本の、しかも一般人だった光太夫たちは、
ロシアのロの字も、西洋人たちの姿がどのようであるかも、
言葉に対する知識もゼロのまま、未知のど真ん中へ
放り出されたわけでした。
凍傷はおろか、一般レベルの防寒の知識さえ、
まるで持ち合わせなかったようです。
彼を含めて、江戸を目指して船出した際に
17名いた乗組員たちのうち、
長い年月を生きぬいて帰国したのは、
たったの3名(さらに、日本の領土へ入った直後に
うち1名が亡くなり、正確にはたった2名の生還)でした。
波乱万丈の物語。
光太夫は、なんと、橇(そり)で大陸を横断し、
エカテリーナに謁見、帰国できるよう直訴することができたのです。
今年、初めてサンクトペテルスブルグを訪れる機会があり、
光太夫がエカテリーナに謁見したその宮殿の広間を観ました。
彼のことを詳しく知りたいと思い、
一気に吉村昭の書いたこの小説を読みました。
今、私の周辺には、「まったく一から、何かに立ち向かい、
いつ命が無くなるかもしれない状況の中で、
何かをものにして、生き延びてゆく」というような
張り詰めた出来事は皆無、と言っても良いくらいです。
作り上げられた凄まじい物語よりも壮絶な事実。
秋の夜長にあなたもいかがでしょうか。
『大黒屋光太夫』 吉村昭 著
※光太夫の物語は、映画化もされています。
『おろしや国酔夢譚』
(1992年、大映、監督:佐藤純弥、原作:井上靖『おろしや国酔夢譚』)
光太夫を演じたのは、緒形拳さんです。
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