天下ご免の村上春樹さんが新訳版を出されたばかりですね。
あとがきさえも大好評(らしいですね)。
村上訳のおかげでこの本にもう一度スポットライトが当たるのはうれしいです。
中身を早速チェックしてみたのですが・・・
「以前に篠崎書林から出た本田錦一郎さんの
訳のほうも絶対に捨てがたいな」という感想でした。
(写真は本田訳(帯付)です。)
その理由をここ数日考えていました。
村上さんは、「もともと、原文の主語が
She(彼女)になっているのだから
そのとおり(主人公を女性として)訳した」ということを(あとがきに)書かれています。
でも、私は子どもの頃に最初に出会ったこの主語の訳が「木」になっていたこと、
一人の男の子に出会い、彼が成長し老いてゆくまで、自分が捧げられるものを
すべて与え続け、それでも「木はうれしかった」という日本語で読めたことに
今、感謝したいと思っています。
与えるという行為、その喜びも哀しみも痛みも重さも何もかもが、
性別や年齢や地位や生きている場所に関係無く、この本の中に
純粋に現れているとすれば、主人公が「彼女」である必要は無いと思います。
また、原題 『THE GIVING TREE』を、『与える木』という直裁な題名で
認識し始めることがなかったことにも感謝したいと思っています。
子どもなりに、「この木の心はでっかいんだな」という解釈を
ごくごく自然にしていたように記憶しています。
ちなみに、今回の村上訳では、旧訳の題名を変えると
混乱を招くかもしれない、という理由で
(この部分を)いじらなかった、という説明がなされています。
本文最後のオチの部分も、旧訳と新訳では大きな違いがあります。
「これだから、翻訳って難しいんだよな。背筋も凍るくらい怖ろしいんだよな」
というくらい大きな違いが。
(これ以上書くと、読んでいない人に失礼なので止めておきますね。)
将来、この本を誰かが新しい体裁で出すチャンスがあるのなら、
例えば、電子本で誰でも読めるようになるなどということがあるのなら、
原書と本田訳の対訳と、原書と村上訳の対訳の両方で
いつでも楽しめるようにして欲しいな、と思うくらいです。
「意訳」というと、それだけで切り捨てたがる人もいますが、
この本田訳を意訳と言うなら、意訳の中にも素晴らしいものや
勉強になるものもいっぱいありますよね、と共感者を募りたい気持ちです。
村上訳で今回初めてこの作品を読む方たちには、ぜひ合わせて
本田訳を図書館で探してでも読んでいただきたいな、と思っています。
その比較によって、この作品をもっと楽しんでもらえるでしょうから。
こんにちは。
わたしは、この本を大人になってから知ったので、洋書セールのときに原文バージョンのを買って持っています。それで、元の日本語訳のをあまり気に留めてなかったのですが、本田錦一郎さんて、もしかして大学時代の教養(1~2年生時)に受講した「西洋文学」を担当していた教授だと思うのです。この本を翻訳していたって知りませんでした!図書館で是非探してみます!
本田先生の講義は、わたしは理科系でしたが、もしかして文系を目ざすべきだったかも。。と、迷いが生じたくらい、熱心に(私としては珍しく)講義を受けたのを思い出しました。数年前にお亡くなりになったと聞きました。
投稿情報: Asa | 2010/10/22 21:53
Asaさん!
こんにちは。コメントありがとうございます。
そうだったんですね、習っておられたとはびっくり!!
それではこの「本田訳」、ぜひチェックしてみてくださいね。
何故私がこの訳を好きだと言うのかが、わかっていただけると思います。
そうそう。本田さんは自分が学んだ母校で40年以上教鞭をとっておられた人だそうですね。
先ほど、その業績も以下で少し拝読したところです。
お写真もとても温厚そうな印象でした。
http://www.hokudai.ac.jp/bureau/news/jihou/jihou0702/635_31.htm
「本田訳」を出した篠崎書林は、もともと学術研究書を得意としていたので、その関係で先生と篠崎でこの訳書を出すことになったのかもしれないですね。
その両方が新しい時代の波にのまれて、忘れる人も多くなり、今回の「村上訳」が出ることになったのだと思います。
投稿情報: Calvina | 2010/10/23 11:19
こんにちは。書評、ありがとうごいました。とても興味深く拝読いたしました。
実は私自身、本田先生のゼミの末席を汚していた一人です。
本田先生が物故したゆえか本田訳が店頭から消えた時は大変寂しく思いましたが、かの村上春樹氏の手により再び日の目を見ることになったことは大変嬉しく思います。原作者シルヴァスタイン氏の意図、本田師への敬意を損ねず、しかも村上氏流に解釈を加えて訳されたようですね。
違いですか・・・ネタバレは控えますが、ある個所で強く感じました。「・・よね。」と断定的口調の村上訳に対し、「・・かな」と読者に問いかけ考えさせる本田訳。「愛の価値」に関わる部分なのでここでの表現の違いはかなり違った印象を与えるように思えます。本田訳は意訳ではありますが、個人的にはむしろ効果は原文に近い気がします。
後書きにてE.フロムの理論を引き合いに出している通り本田師は「無償の愛」の価値をより強く強調しようとしたんでしょう。大学の講義では『罪と罰』(ドストエフスキー)のソーニャの「愛」もよく引き合いにされてました。
一方、村上氏は「無償の愛」の先にも「相互的な愛」(共に分かち合う愛)があることを、どちらかと言えば強調したかったのかもしれませんね。
まあ憶測にすぎませんが・・・。
投稿情報: ken-san | 2010/11/28 17:23
ken-sanさん!
コメントどうもありがとうございます!
わぁ、本田先生のゼミだった方からのコメントとは!!
とってもうれしかったです。
先のAsaさんのコメントにも感じたのですが、
本田先生の温かいお人柄と、先生の学問を通して皆さんに伝わったものが、
こうして脈々と生き、さらに広がっている、ということにもジンときます。
「・・よね。」と「・・かな」のところ。 そうそうそう。
ここが、ね・・・。ふふふふふ。(意味深な笑い)
私が習ったある教授が「日本はね、本当に多くの外国の文学作品を、
日本語で読むことができる、世界でも数少ない国だと思うよ。
みんなあんまり気づかないけれど」とおっしゃったことがありました。
これから先は、さらに「同作品について、多くの訳書を
比較しながら自由に楽しめる、世界でも稀な国」
になれば良いのに、というのが、欲張りな私の夢です。
出版の事情や国そのものの事情は、
これからどのように変化してゆくでしょうか、ね。
また遊びに入っていらしてください。
投稿情報: Calvina | 2010/11/28 20:05
私は本田先生の天下り先の大学のゼミの劣等生です。2009年に娘が生まれるにあたって慌てて本田訳を購入したのと村上訳が出版されたのと私が入院生活に入ったのはほぼ同時期です。村上訳を読んだ時に感じたのは、直訳的過ぎること、それでいてシルヴァスタインの意図と全く反すること。そして40歳で「おおきな木」を出版された本田先生と還暦近くになってこの本を訳した村上春樹の死生観の違いというか村上春樹の人生観の薄さ。本田先生は神風特攻隊に召集され終戦が後2日遅かったらあの名訳はこの世に無かったのです。だから私は少年が船を作って遠くに行ってしまうシーンと、死を覚悟し南の島に赴いた本田先生がダブるのです。そして泣いてしまうのです。
そして私が初めて「おおきな木」を読んだのは小学校3年生のとき国語の教科書でのことです。この作品の国語のテストにいじめっこに「あんたバカなんだから30点取りなさい」と命令され、きっちり30点を取り、いつも満点を取る私がそんな点数を取ったものだから、担任の先生にめっちゃ心配されました。母にはことの真相がバレルとげんこつくらいました。
それで先生が退官なさった大学を見事に滑った私は滑り止めの大学で先生と出会いました。2年生の時、文学で「折口信夫」を「おりぐちのぶお」と仰った先生に「おりぐちしのぶですよ」と話し掛けその後先生には可愛がって頂きました。謝恩会の晩には「すし善」に連れて行って頂き、結婚式には祝電も頂きました。本当にお優しい方でした。
ちなみに「おおきな木」の最初の方のページはパラパラ漫画になっているのはご存知ですか?後、私は二ヶ国語版も運よく入手しましたが日本語訳は本田先生ですよ。
投稿情報: しいます | 2012/07/19 20:56
しいますさん!
書きこみどうもありがとうございました。
ご返事が遅くなり、大変失礼しました。
当ブログを派手に公開・運営していないにもかかわらず、
こうして「本田先生に習いました」というコメントを
寄せてくださるかたが何人もおられることに
驚いたり喜んだりしています。
「劣等生」だなんて・・・。
先生から可愛がっていただけたような生徒さんなのでしたら
それはそれだけ魅力があった、ということですよ。
「えっへん」じゃぁないですか!
私は先生とは面識もありませんが、訳のテキストからも
そのお人柄を慮ることは(完全ではないにしろ)できると思いたいです。
二ヶ国語版の存在と、パラパラ漫画のことは、初めて知りました。
ぜひチェックしてみます!どうもありがとうございました!
また、こちらへ遊びにいらしてください。
投稿情報: Calvina | 2012/07/20 22:58
私も35年程前、北大教養部で本田先生の講義を受けました。私自身は理系で、農学部に移行しましたので、本田先生の講義は教養部時代のみでしたが、大好きな講義でした。
投稿情報: パタリロ | 2013/02/02 02:14
パタリロさん!
こんにちは。書き込みありがとうございます。
わーっ!ここにも本田先生の生徒さんが!!
本当にビックリするやらうれしくなるやらです。
本田先生は、こういう形で人の心に長く残り、
さらにそこから育ち広がる仕事をなさっていたんですね。
細々やっているブログですが、また遊びにいらしてください。
投稿情報: Calvina | 2013/02/02 10:24