「周防監督が愛妻のラストダンスをフィルムに残した」という
話題(というか、売り方)には、私はあまり興味が湧きません。
観終えた後でも、それは変わりません。
また、「チャップリンへのオマージュ」という意味づけだけでも
(チャップリンは大好きですが)こんなには惹かれなかっただろうと思います。
この作品の目玉は、イタリア人ダンサーのルイジ・ボニーノさんです。
奇跡的に熟したワインのように美しいままに歳を重ねた60歳現役。
そこらへんにウロチョロしているハンサムな若いダンサーが
みんな中身の無いハナタレ小僧に見えるくらい魅力的なんですから!
通常、プロのダンサーの寿命は短く、40歳を過ぎると引退する者も
少なくありません。
定年を40歳あたりで設定しているカンパニーも多いのです。
この年齢を越えてプロの集団に残る者は、例えば全幕物の中で
年取った役(当然動きは少なくなります)などを任され、
(舞台での出番は限られますので)同時に後輩の指導にも
あたる例が多いようです。
大物振付家の作品を、後に他のカンパニーに
上演権を譲る際に、外部で指導・監督することもあります。
年齢を重ねたダンサーが舞台でふんだんに
その至芸を見せてくれる機会は、そう多くはないのです。
チャップリンをバレエに取り上げたこの作品は、ローラン・プティが
1991年末に発表したもので、当初から「主役はルイジしか
考えられない」ということだった、とプティ本人が証言しています。
以来、比較的短期間に上演回数が多い、という
ボニーノさんの大変な当たり役、はまり役になりました。
数をこなして、ボニーノさんの中の何かが熟しきっている
今しか、残す機会が無かったでしょうし、これより以前の
彼の踊りの録画では、もっと味の薄いものになったと思われます。
肉体の衰えと反比例して伸びてくるものがあるのか、見えるのか。
それを他人に伝えようとして、何らかの感動を誘うことができるのか。
(必ず、ではありませんが、できると思います。
でも、試みが不発に終わることもあります。)
その意味では、今回、あの名優チャップリンの役でボニーノさんが演じるところを
至近距離から、しかも、本番以外の様子まで記録しているものを観られる
ということは、大変ラッキーなことだと思います。
周防監督が(主に)残したかったのは愛妻の姿かもしれませんが、
私はこのボニーノさんの至芸を映画の中に閉じ込めて長く保存してくださったことが
監督の最も大きな功績ではないかな、と考えています。
そのような切り口から、この映画を鑑賞してくださる方も増えると良いのですが。
映画の公式サイトから
気にいっている場面の
写真を拝借しました。
ブラボーッ!ブラボーッ!
「バレエは、肉体とそれを使うテクニックだけで踊るものではない。
ハートと脳みそも駆使して踊るものだよ」と、ボニーノさんはつぶやいていました。
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