「文学をダンス作品にする、とか、
音楽をダンスで見せる、とか
よく言われていますが、これはとても
乱暴なのではないか、と私は思っています。
その中に既に在るものを引き出して、ダンスで見せる」という
ことなのではないか、と。
もともとダンス作品はすぐに消えてしまうものですが、
その場に人が足を運んでくださり、暗闇の中でライトが当たり、
音楽が流れて、その場だけの空間の中で、その場だけの作品が
生まれ、それを皆で共有する、創り出す。それらすべてが、
その時の、その時だけの作品なのだと思います」
勅使河原三郎さんの言葉。
ドストエフスキー・著『白痴』を元にした公演後のトークより。
「木の中に既に仏はおられる。それを掘り出すだけだ」と
仏師が残したと伝え聞く言葉を思い起こさせるものでした。
こうして、ときどき噛みしめたくなる言葉を拾うこともありますが
アフタートークやパフォーマーたちが上演後にロビーに出て
挨拶することについては、相変わらずフルには納得していない私です。
※ 勅使河原三郎さんの公式サイトはこちらから
コメント