出かけた先で、一人きりでお昼を食べなくてはならなくなりました。
(こういうことは、珍しくありませんし、苦にもなりません。)
普通は、平日の混みあう時間帯をはずす努力をするのですが、
どうしてもその日は時間に余裕が無かったので、ピーク時に並びました。
その結果、すぐ前に並んでおられた女性と相席になりました。
その人は、にっこり微笑んでから、柔らかく話し始めました。
「まあ!素敵な方とご一緒できて、とてもうれしいわ。
どうぞよろしく。ここはとってもおいしくて良心的なお値段でしょ。
最近、少し遠くに引越したんですけれど、ときどき恋しくなって
こうやって戻ってくるんです。
あ、でも普段はね、お友達と何人かで予約して来るので、
実は、この店のランチで一人っきりというのは、今日が始めてなの」
「私、セットを頼んだんですけれど、歳も歳で、あまりたくさんは
食べられないので、水餃子、お一つ手伝って(召し上がって)ください。
見た目よりも、ずっと年寄りなんですよ、私。
あ。遠慮しないでね。私、ひどくはっきり思ったことを口に出す、って
周囲が心配しますけど、性格なのでしかたないのよ。気にしないで」
もう70歳を越えた方のようですが、絵に描いたような美人です。
黒いパンツに黒いシンプルなジャケット。
中に着ているのも黒い薄手のVネックセーター。
首元には、最近の若い人たちが見向きもしない、上等のシルクのスカーフ。
食事の際にそれを取ると、大粒のマベ・パールのチョーカーがチラリ。
栗色に染めた髪の毛はセミ・ショート。完璧にセットされています。
この髪の色と様子が、全体が黒に固まって重くなるところを巧みに救っています。
脇に置いた皮のトート・バッグも、半コートも、なにもかも、
どこのメーカーのものかまったくわからない、でも非常に上等なものでした。
中肉・中背、姿勢正しく、物腰優雅。
おまけに、話題豊富で聞き上手。
どんなファッション誌よりも参考になり、心に残る素敵な出会いでした。
「こんな風にだって歳をとることができるんだな」という‘見本’(失礼・・・)のような人に
出会えることは、ごく稀ですが、そんな時には勇気付けられるような気がします。