ストックホルム。私の第二の故郷。
鈍い光に包まれているその街は、
思い出の中でさらにぼんやりとかすんでいきます。
消えて無くなるのが恐ろしくて、
機会を見つけては、なかば無理矢理に里帰り。
学校が早くひける貴重な日に、決まって回り道して覗き歩いた
大好きな古道具屋の並ぶ通り。
最近では、日本人の姿も見かけますが、
15年前には、ほとんどそのようなこともありませんでした。
アンティークとまではいかない、ちょっと古びたアクセサリーや服、
身の回りの布類や生活道具をごちゃごちゃ置いている店に、
アグネッタはいます。
いつも手製のおかしな帽子を被って、店番をしています。
「一週間に一度、ここでお茶会をしているの。よかったら、来ない?
来たいんだったら、帽子を被って来るのが条件よ。どう?」と
ぎょろぎょろと眼鏡の奥の真ん丸い目を動かしながら
声をかけてくれたのが、最初でした。
何故だか、古道具屋やアンティークショップで店番している女性って、
全般的に「魔法使いみたい」な雰囲気を持っていますよね。
中世からそのまま抜け出してきて、じーっと店番しているような感じ。
凡人には見えないものも、全部見透かせるような不思議な目をしているのも
どうも共通しているような気がします。
以来、お茶会の時間は学校があるので、出席できず、
店だけ覗かせてもらいに通うようになりました。
古いレースのついたブラウスとハンカチ。
小さなイヤリング。
そんなにたくさんのお買い物はしていません。
いつも、年老いたアグネッタは元気かなあ、と覗いてみるだけ。
そして、おしゃべりの聞き役になります。
ある時は「死ぬのって、怖いわね。ホントに怖い。
どうしたらいいのか、わからないわ」って、いきなり。
その一年後、「私は若い頃から可愛くもなくて、お嫁にも行けなかった。
ずうっと、一人で年をとったの。
でもね、今は、若い仲間が誘ってくれて、ときどきカラオケに行ったりするのよ。
そうそう。最近、ちょっとした音楽会で歌ったの。
CDも出したわ。生きてるって、悪くないわね。写真見る?」と、にっこり。
アグネッタは、私の顔を憶えてくれているのでしょうか。
未だに、リピーターだとは気づいていないかもしれません。
それでも、街に入ると、まずチラとでも顔をうかがいに行かずにはいられません。